今日は気持ちのよい秋空が広がりました。
夜にはまた下り坂のようです・・・・
昨晩は素晴らしく晴れて久々にじっくり星を見ることが出来ました。
「双眼鏡シリーズ」のコンテンツ用の写真を撮ることができ、近日中になんとか「秋」バージョンを終わらせることができそうです。
さて今日は「望遠鏡光学」シリーズが続きます。
6.倍率について考える
6-4. 適正な過剰倍率
6-2節では望遠鏡で倍率を上げすぎると像が暗くなるというお話をしました。
また、6-3節では倍率を上げすぎると「像がぼける」というお話をしました。
いずれも口径(mm)の2倍くらいの倍率が限界の倍率ということになりました。
「これ以上の倍率を出しても意味がないですよ」とほとんどの入門書には書いてあります。
でも本当にそうなのかどうか、個人的にはとても疑問に思っています。
また、どんな口径でも一律に「口径(mm)の2倍」というのが上限になるのかというのも疑問を感じています。
まず、人間の眼の分解能についてなのですが、視力で測定される分解能とは別に、白い背景に黒い線が入っている場合などは、その10分の1くらいの太さでも存在を確認することができます。
またこの黒い線に波うちがある場合、分解能の3分の1程度でも感知することができるといわれています。
遠くにある送電線が見えたり、白い紙の上にある髪の毛が見えるのもこのためです。
土星の輪にある「カッシーニの空隙(くうげき)」という隙間は角度で表すと1″に満たないのですが、熟練した人が出来のよい望遠鏡で見ると50~60mmの口径でも(分解能は2.3″~1.9″なのに)見ることができます。
また口径100mmくらいまでの望遠鏡の場合、出来の良いものは口径(mm)の3倍以上の倍率を出しても、それほど像がぼけた感じがせずに見えることがよくあります。
出来のよい望遠鏡では、見る対象やその日のコンディションによって、「口径(mm)の2倍」にこだわらないで倍率を選んで良いのではないかと思います。
古い話で恐縮ですが、1971年の火星大接近(私がこの趣味にはまることになった直接的現象ですが)のとき、50mmの屈折望遠鏡に214倍という(f:750mm+Or7mm+バーローレンズ)倍率で連日スケッチを採っていました。
火星の輝度がとても明るいということもあるのですが、バーローレンズを使ったほうがよく見えた気がした記憶があります。
いっぽうスタパの40cmですが、これまで最高のコンディションのときでも670倍までしか出したことがありません。
これ以上出しても気流による乱れのほうが大きくなって、細かいところが見えてこないというのが正直なところです。
いろいろ調べていたら、「屈折望遠鏡光学」(吉田正太郎著)に次のような記述がありました。
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重星用過剰倍率
有効倍率より大きい倍率は過剰倍率といいます。過剰倍率を使っても、別に目標物の新しい細部(ディテイル)が見えてくるわけではありませんが、有効倍率で見落としていたものを発見したり、明るさが充分なときには観測を快適にすることもあります。
レウィスは二重星を観測する場合に、大気のゆらぎを考えに入れると、口径80mm以上の望遠鏡では、つぎの式で計算される倍率が適当であるといっています。
m = 28・√(φ)
たとえば口径10cmで280倍、口径20cmなら396倍、30cmで485倍、40cmで560倍です。口径が784mmを越えると、有効倍率のほうが過剰倍率より大きくなりますね。
世界最大のヤーキス天文台の40インチ(1016mm)屈折望遠鏡では2400倍までの接眼鏡を用意していますが、その観測報告によると、700倍内外が一番良く使われています。
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以上引用
というわけで「適正な過剰倍率」という言葉は変な表現かも知れないのですが、「口径(mm)の2倍」という倍率にこだわらず、一番よく見える倍率を臨機応変に使いこなすというのが正しい使い方なのでは・・・というのが本節の結論です。
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6-5. 過剰倍率の悪影響を知る
前節では望遠鏡で口径(mm)の2倍を超える過剰倍率もときにはOKという話をしました。
80mmくらいのアクロマートでF15といった長焦点の出来の良い望遠鏡だと300倍くらいまでけっこう像が乱れず惑星などを楽しむ事ができます。
ただ、過剰倍率の世界に入ると像が暗くなる以外に、だんだん困ったことも出てきます。
本節では過剰倍率による具体的な悪影響について解説します。
1)視界が極端に狭くなる
望遠鏡というのは倍率を上げれば上げるほど視界が狭くなります。
具体的にはアイピースをのぞいたときの見かけ視界(見えている円の範囲)というのは、たとえば15倍なら見かけ視界の15分の1の範囲を拡大して見ているということになります。
15倍というとたいした倍率でないと思いがちでですが、上の図のように絵に描いてみるとビックリするほど小さな部分しか見えない事が分かります。
仮に見かけ視界55度の接眼レンズで見るとすると、だいたい30cm先の30cmの円盤を見るような形になります。
倍率が300倍なら、直径1mmの範囲を30cmに拡大するのと同じことになります。
直径1mm、長さ30cmのストローを想像していただくとよいのですが、いかに狭い範囲しか見えないかが分かると思います。
この条件で見えている範囲は月の3分の1ほどで、中央に入れた天の赤道付近の天体は日周運動でわずか20秒で視野の外に出て行ってしまうスピードで動くのです。
想像以上に使いづらく、架台などの機械部品も相当頑丈なものでないと使用に耐えないものになります。
2)射出瞳が小さくなり飛蚊現象がひどくなる
射出瞳(しゃしゅつどう)というのは、望遠鏡を明るい方に向け接眼レンズから少し離れたところから接眼レンズを見たときに見える白い円のことを言います。
望遠鏡から射出される光の束の太さで、
射出瞳(mm) = 口径(mm) ÷ 倍率
という式で計算できます。
次に飛蚊(ひぶん)現象というのは、眼の中(主に水晶体)の不純物が網膜上に投影されて影ができ、目の前に蚊か飛んでいるか糸くずが浮かんでいるように見える現象です。
瞳が大きく開いているときはあまり気にならないのですが、直射日光を浴びた白い紙などを見たときには瞳孔が小さく閉じて、眼に入る光線の束が細くなるため、不純物が見えやすくなります。
望遠鏡の倍率が高くなって、射出瞳が小さくなると瞳孔が小さく閉じたのと同じ効果(それ以上に小さくなる)が起きて、飛蚊現象がとても気になるようになります。
特に射出瞳が0.7mm以下になると、どうしても避けられないようです。
眼をグルグル回したり、パチクリを繰り返すと一時的に不純物が移動して視野の中心からズレるのですが、しばらくするとまたスーと動いてきてイライラさせられることが多いです。
3)気流の影響が大きくなる
私たちの頭の上には常に空気があって、風が流れていたり対流をしていたりします。
この気流の流れによる像の見え具合をシーイングといい、10段階で表します。
倍率が高くなればなるほど、この空気の流れが無視できなくなって、気流の安定した日でないと高倍率を出しても細かいところが見えないということがおきます。
100倍くらいまではわりと鮮明に見える日が多いですが、300倍まで上げて鮮明に見える日というのは意外に少なくて、平均すると一ヶ月に何度も訪れないと思っていたほうがよいです。
いかがでしょう・・・
仮に過剰倍率に耐える出来の良い望遠鏡に出会えたとしても、その先にはこんな三重苦が待ち受けているというわけです。
倍率って、ある意味麻薬みたいなもので「過剰倍率はダメ」といわれても、どうしても自分の望遠鏡がどこまでの倍率に耐えるのか試して見たくなるものです。
もちろん初めから「500倍!」などと倍率を売り物にした望遠鏡を購入するなんていうのは論外ですが、これまでお話したような正しい知識を持った上であえて試そうというのであれば(私は)OKだと思います。
適正最大倍率を大幅に超えた倍率にしたときに自分の(あるいは様々な)望遠鏡がどんな見え味になるかを知っておくのも望遠鏡を語るときに必要なスキルかも知れないからです。
6-1節で紹介した焦点距離2mmの接眼レンズは実はこの目的のために用意したものなんですね・・・