今日も一日曇り空。
森の中で上を見上げると・・・
落葉を終えた樹、黄葉中の樹、まだ緑の葉の樹など様々な姿が楽しめます。
さて「望遠鏡光学」シリーズです。
12.筒内気流について
「筒内気流」という言葉をご存じでしょうか?
「筒内気流」というのは望遠鏡の筒の中で、望遠鏡が外気の気温に順応して行く過程で、筒内で発生する空気の対流のことです。
前章で望遠鏡の口径と気流について書きましたが、これは上空の空気の安定度により見え方が変わり、望遠鏡の口径によっても気流の影響度が変わるという話でした。
これは望遠鏡がよく外気温になじんでいる状態を前提にしています。
暖かい室内から(特に冬)外に持ち出したばかりの望遠鏡は、充分に冷えるまで望遠鏡の筒内で空気の対流が起こり、上空の気流の乱れと同じように星像を悪化させます。
ただこの「筒内気流」、望遠鏡の形式によってもかなり変わります。
一般的には屈折望遠鏡は筒内気流の影響が少なく、反射望遠鏡は影響が大きいと言われています。
構造的に、屈折は熱を蓄える大きな部品であるレンズが一番上に露出しているのに対し、反射系では反射鏡が一番下にあって、空気の対流を助長するということが大きな理由と言われています。
上の図でも分かるとおり、鏡筒内の蓄熱量の大きな部品(=対物レンズor反射鏡)が一番上に着いている屈折式では鏡筒は全体が一様に温度が変わるので筒の中での空気の対流はあまり大きくないことが想像できます。
でも反射望遠鏡では反射鏡が一番下にあって熱対流が鏡筒内で発生します。
しかも星からの光はこの鏡筒内を一往復することになります。
また蓄熱量はレンズや反射鏡の体積に比例しますから、口径が大きくなるほど急激に蓄熱量が多くなります。
反射望遠鏡が筒内気流の面で以下に不利であるかが直感的に分かると思います。
そしてさらに、これ以外にもっと根本的に反射望遠鏡が筒内気流の影響を受けやすい原理的な問題があります。
下の図をご覧下さい。
図の左側は鏡に対して垂直に光が入射した場合です。
この場合、光は真反対に入射した方向に戻ります。
右側では、鏡に対して3度ずれた方向から光が入射して、垂直な線に対してさらに3度ずれた方向に反射しています。
つまり入射角(3度)に対して倍の6度の方向に光りが反射されることになります。(いわゆる「光学テコ」です。)
鏡筒の中でいくら気流がひどくても3度も光路が曲げられてしまうことはありえませんが、0.0001°くらいは曲げられるかも知れません。
でも反射望遠鏡の中では少なくとも2回の反射がありますので、屈折なら0.0001°で済んだ光路の乱れが0.0004°と4倍になるわけです。
さらに反射望遠鏡では光が筒内をニュートン式で1往復、シュミカセなどのカセグレイン系では1往復半、行ったり来たりしますから光路の乱れの影響はさらに大きくなることが予想されます。
シュミカセなどのカセグレイン系の望遠鏡の場合、さらに恐ろしいことが起きます・・・
カセグレイン系の副鏡は主鏡の焦点距離を伸ばす働きを持っています。
一般的なF10のシュミカセは5倍の拡大率で設計されているのですが、焦点距離が5倍に拡大されるということは、筒内気流による光路の乱れも5倍に拡大されることになり、昨日解説した光学テコによる4倍の増幅と掛け合わせると、屈折に比べ20倍もの光路の乱れが発生することになります。
大きな蓄熱部品である反射鏡が一番下側にあり、容易に熱が逃げないようにシュミットレンズが蓋になっていますので、筒内では常に対流が起こり続け絶望的に安定しづらいという事になります。
冬の夜中気温が下がり続けるような時には、一晩中筒内気流が安定せずよいコンディションにならないまま夜が明けるなんてことが当たり前におこります。
シュミカセなどカタディオプトリック系の反射望遠鏡がなぜ、筒内気流の面で不利なのかがおわかり頂けたのではないでしょうか?
こう書きますと、反射系の望遠鏡は使い物にならないのか?などと思う方がいるかも知れませんが、決してそんなことはありません。
まあ、充分に外気に順応させたり、積極的に筒内の換気をしたりして少しでも筒内気流を減らす努力は惜しまないにこしたことはありません。
でも、反射系の望遠鏡と言うのは同口径の屈折に比べ桁違いに安価です。
また、同口径の屈折よりも遙かに短く、軽く、取り回しが容易です。
もちろん同口径であれば集光力も同等ですから、多少筒内気流が多くても低倍率での暗い星や星雲星団の観測にはそれほど支障がありません。
私自信はもう40年近くもシュミカセを使い続けています。
それは、例えば口径20cmのシュミカセは10cmの屈折と同じくらいしか惑星などの細かい模様が見えなくても、集光力は20cm分ありますし、使い勝手は筒が短いぶん10cm屈折より扱いやすいという考えによります。
筒内気流の話から少しズレて来まし、「望遠鏡光学」という話からはさらにズレてしまいましたが、望遠鏡を選ぶときの「光学系の違い」の参考知識として頂ければと思います。
シュミカセやマクカセなど閉鎖型ガセグレン反射で、気流の収まりが悪いのは、接眼部の位置と長さにも一因があると思います。すなわち観望者の頭が主鏡のすぐそばに来ているため主鏡が常に温められなかなか気流が収束しないような気がします。
ドームに入っていると更に厄介です。ドーム内外で大きな温度差があり、激しい近傍気流が発生すると思われます。オーナー様はどのような対処をされていらっしゃるかお聞かせ願えれば幸いです。
また、シュミカセの場合、20センチのものと28センチのものでは性能に口径差以上の隔たりがあるように思えます。惑星の眼視性能、特に惑星の高倍率観望では28センチは圧倒的です。主鏡の大きさを考えるとはるかに筒内気流の影響はは28センチが大きいと考えられますが、焦点内外像を見ると球面収差が28センチの方が圧倒的に少ない。これは球面収差の少なさが筒内気流の差を補って余りあるということでしょうか。
小澤さま
実経験に基づく深い含蓄のあるコメントをありがとうございます。
(レスコメントが遅くなり申し訳けありません。)
冬にシュミカセを覗いていると、自分の吐いた息が鏡筒を伝わり、補正レンズの前を立ち上って行く時に気流の乱れを感じるという経験を何度かしたことがあります。
鏡筒の短さは取り扱いの容易さというメリットの反面、観測者の体温に敏感というデメリットを持っているということでしょうね。
最近ではあまり精密な観測をしないこともあるのですが、ほとんどあきらめ状態で、なすがままで特段の対策も無しに観望することに開き直っております。
何か決め手になる解決策が見つかれば試してみたいとは思っておりますが・・・
シュミカセ20cmと28cmの性能差ですが、私も漠然と感じておりました。
改めて考察すると、各種部品(主鏡、副鏡、アイピース径、遮光筒)などの幾何学的な設計要件の違いがあるように思います。
F10の口径比がシュミカセの基本ですので、原理的には比例関係で全ての部品サイズを決めることができます。
例えば口径10cmシュミカセを作る時に、完全に比例関係で作ると遮光筒の径が極端に細くなってしまい、アイピース径よりも細くなって実用にならなくなります。
また遮光筒の径が細いと迷光の処理もできにくくなります。
つまり口径が大きいほど迷光の防止処理など鏡筒設計の自由度が高くなり、高性能なものが作りやすくなるのではないかと思います。
ちなみにミードの40cmシュミカセの遮光筒には遮光環が何重にも入っていて遮光筒内の迷光は完全にカットされています。
球面収差については単純に口径の違いによる焦点距離の長さの違いが効いてくるような気がします。
同じ倍率ならば焦点距離が長い方が球面収差が少なくて済む・・ということではないでしょうか?
(済みませんこの辺は浅学なので自信がないです。)
でもいずれにしてもシュミカセの場合、20cmと28cmの間当たりにこの辺の性能差が現れる切り替わりポイントがあるのかも知れませんね。