4.天文用の双眼鏡選び(3)

4-3. 7×50の双眼鏡を奨めないわけ

都市伝説のページでも書きましたが、天文業界では今だに星見用の双眼鏡のスペックとして7倍50mm(以下7×50)が最強ということになっています。(手持ちが前提の場合)

メーカー(例えばニコンやビクセンなど)のサイトを見ても、あるいは各種の入門書や双眼鏡を解説しているサイトを見ても7×50が星見用としてはお奨めと書いてあります。

これは双眼鏡の接眼レンズから射出される光の束の径(これを「瞳径」(ひとみけい)といいます)が7×50では約7mmとなり、人間の眼が暗順応した時の瞳孔が約7mmであるため、対物レンズで集めた光が最も有効に眼に入るので暗い天体を見るのには最適なのであるという、とてももっともらしい解説が付いています。

これについて私は10年以上前から異論を唱えていて、「双眼鏡の都市伝説」でも「明るく見える=天体が良く見える ではない」ことを詳しく説明しています。

上記では7×50は倍率が低すぎて夜空が明るく見えてしまい、却ってコントラストが低くなってしまい、あまり見えている気がしないという結論にしてあります。

具体的に実際に7×50で実視界7.5°(7×50にしては広めの視野です)と8×42で実視界7.5°(8×42としては標準的視野です)の見え方を写真でしめすと以下のようになります。

まずは7×50

次に8×42

写真はイメージとして見ていただきたいのですが、見えている範囲はほぼ同じでも、8×42のほうが「見かけ視界」が大きく、バックが黒く締まって見えます。

実際の最微光星の見え方は口径50mmのほうが0.4等級ほど暗い星が見えるはずなのですが、覗いてみたパッと見には8×42のほうがたくさん星が見えて迫力があるように感じます。

というのが私のこれまでの説明だったのですが、何度も実際の空でこの2機種を見比べるうちに実はもっと複雑で7×50にとっては致命的な深刻な問題があることが分かりました。

深刻な問題を引き起こす原因は、
・見かけ視界の狭さ
・明るく見える夜空
・眼の暗順応
の3点です。

以下ではこの3点がなぜ深刻な問題を引き起こすのかにつき具体的に説明します。

実際に7×50の双眼鏡で夜空を見るとこんなふうに見えます。( イメージです)

視野の周辺が白けて見えるのです。

なぜこんなことが起こるのでしょうか?

一番厄介なのは「眼の暗順応」です。

人間の眼というのは物が良く見えるように常に感度を調節して順応するようになっています。

ただこのメカニズムはカメラの露光量の調節よりも少し複雑で、カメラのセンサーのようにISO感度を一律に変化させるのではなく、網膜細胞単位(=部分ごとに)で変化させることができるようになっているのです。

双眼鏡を覗いたときに見えている視野円の外側は真っ黒に見えます。

通常双眼鏡を覗いたときに視野中心付近にある対象は双眼鏡を動かすのではなく、眼球を動かして見回して眺めます。(視野の端のほうに行くと見えづらくなるので双眼鏡を動かして対象を中心付近に移動させると思いますがある程度の範囲は動かさずに見回すのが普通です。)

この眼球の移動により、視野円外の暗い部分で暗順応していた部分が視野内を見ることになります。

暗順応していたということは黒い部分を少しでも明るく見ようと視細胞が(視野円内よりも)感度を上げているということです。

暗順応していた部分でやや「明るく見える夜空」を見ると、視野内に順応していた部分より視野内が明るく(=白けて)見えてしまうのです。

視線は視野の中でかなり頻繁に行ったり来たり(見回)していますので、ほとんどの場合上の写真のように視野周辺が白けて見えて、ただでさえも狭い見かけ視界がいっそう狭く感じて不快に感じるほどです。(写真はあくまでもイメージですが・・・)

文章で書くと複雑な感じのメカニズムですが、分かってしまえばとても納得が行く現象です。

それでは8×42ではそれがなぜそれほど深刻でないかについて考えてみます。

8×42では瞳径が小さいぶん、空のバックが黒く締まって見えますので、視野内外の輝度差が小さく、順応レベルも差が小さいので白ける度合いが小さいのです。

また、見かけ視界がだいぶ広いので、白けた部分が視野の端のほうにあるのでそれほど気にならないのです。(=白けていない部分の面積が大幅に広い)

イメージを写真で示すとこんな感じです。

暗順応の影響がないわけではないのですが、ほとんど気にならないのが実情と言えます。

瞳径7mmの双眼鏡では光学設計の制約上あまり大きな見かけ視界の物を作ることができません。(予算に糸目を付けなければかなり広いものを作ることが可能で、最近ニコンでは7×50で実視界10.7°という64万円のお化けのような機種を発売しています。)

実視界7°から7.5°が一般的と考えると見かけ視界は47°~49°くらいです。

これ以外の口径や倍率の機種の見かけ視界が55°~60°くらいいあるのが多く、見比べるとかなり視野の端のほうに視野円がある感じがします。

昼間見ると、まあこんなものかとそれほど気にもならないのですが、星見用としては視野の狭さと明るさが却って足を引っ張る形になっている気がします。

元々7×50は戦時中に索敵用に用いられた機種です。

暗い中でも一刻も早く敵影を見つけなければならない状況では有効だったと思います。

また、普通に天の川が見えるスタパよりもさらにズッと暗い環境の場所で使えば、視野内が暗くなって暗順応の影響が小さくなる可能性もあります。

でもそういった場所や状況で7×50が使える機会が一生のうちに何度あるでしょうか?

その時のためだけに所有する、あるいはその時以外は良く見えないのを(しかも大きくて重い物を)我慢して使い続けるというのは何ともナンセンスな気がします。

そんな訳で私は7×50をお奨めしないのです。