1-1. 双眼鏡は入門用?

よく双眼鏡は「天文趣味の入門用に向いている」とか、人によっては「望遠鏡を買う前に双眼鏡を買ったほうがよい」などと奨めることがあります。
でも私個人としては、この考え方には全く賛同できないでいます。
これにはいくつか理由があるのですが・・・・、

まず第一に、
双眼鏡と望遠鏡というのは(光学的には似たようなものですが)見え方や使い方は全く別の世界のものであり同次元で比較すべき機材ではないということです。
(倍率の高い双眼鏡と、倍率の低い望遠鏡とでは被る部分もありますが、ここでは原則として双眼鏡は10倍前後以下の低倍率、望遠鏡は30倍以上の高倍率を担当する機器だという定義で話を進めます。)

初心者はとにかく望遠鏡を買って、月のクレーターや土星の輪が見たいと思っている方が多いです。

でも月や土星に関して言えば、高級な双眼鏡よりも1万円クラスの出来の良い(例えばラプトル50のような)入門用望遠鏡の方がはるかによく見えるものです。

そんな方に双眼鏡を奨めても(そりゃぁ双眼鏡でも月のクレーターくらいは見えるでしょうけれど)、何とも物足りないものに思えて使い道に困る機材になってしまいます。

国内では人口のほとんどが天の川の見えない都会地で生活しています。

その環境において双眼鏡で楽しめる天体がどれほどあるのかを考えると、かなり無理があると思います。

双眼鏡は使い方が簡単で、直感的に使えるから(後述しますが実はそうでもないのです)と軽い気持ちで奨めるのは、天文マニアの思い込みのような気がしてならないのです。

もちろん天の川が肉眼でクッキリ見えるような晩に双眼鏡でそれを眺めたら、それはもう素晴らしい体験になるのですが、都会地に住む初心者がその環境に出会うためには、相当の強い意志と運に恵まれる必要があるのです。

天の川に出会うために、天の川が良く見えそうなローケーションを探して、月齢を考慮してお休みをとって、透明度の良い好天の晩に出会う、といった綿密な努力と好天に恵まれる運が無ければ実現しません。

もしもあなたがわりと普通に天の川を見ることのできる地域にお住まいなら、迷うこと無く双眼鏡を購入されると良いと思いますが、都会にお住まいなら双眼鏡より少し難易度は高いですが望遠鏡を購入した方が良いです。

多少使い方は難しくても、自宅でも月のクレーターや土星の輪がコンスタントに観察でき、スマホでも簡単に月の写真ぐらいは撮れてしまうお手軽望遠鏡の方が私はお奨めだと思うのです。

私が天文初心者に気楽に双眼鏡の購入を勧められない第二の理由は・・・具体的に「何を、どんなふうに見て楽しむか?」といったソフトウエアの部分の圧倒的な不足です。

双眼鏡で星を見るのにどんな機種がよいとか、どんな アクセサリーを使ったら良いとかといったハード解説は、書籍にしても、ネット上にしてもそこそこ充実していて多く見つけることができます。

ただこれにしても双眼鏡の構造や種類の説明が主体で、全くの初心者のことを考えた使いかたの説明が不十分であったり、本当に肝心な使い方のところは結局よく分からない内容のものが多いです。

双眼鏡向けと謳われている、きれいな写真とともに様々な天体が紹介されている本もあります。

でも本の内容をよく見ると「○○は双眼鏡でも存在がわかる」とか、「××は双眼鏡では厳しい・・」といったような表現が多く、双眼鏡向けと書かれているわりには双眼鏡で見て楽しいと思える天体の紹介はごくわずかです。

初心者向けといわれるメシエ天体も双眼鏡ではほとんどが存在がかろうじて分かるというレベルで、楽しめるレベルの天体は本当に限られていて、双眼鏡で楽しめるレベルは110番までのメシエ天体の1割程度です。(微かに見えるだけでも楽しいという方はいるのでこの辺は個人差があると思いますが・・・)

どうも日本人というのは真面目すぎる性格が災いするのか、天体と言えば星雲・星団、月・惑星、近接二重星とハードルの高い対象がギリギリ見えたとか見えなかったとかの議論に固執したり、それを写真に撮ったりすることが偉いという傾向が強すぎるように思います。

双眼鏡を使って星を見るための入門書もその傾向をそのまま踏襲していて、双眼鏡で見ても面白くない対象にたくさんのページが割り当てられています。双眼鏡で見るとこの程度ですが・・・

大きな望遠鏡で見るとこんなふうに見えます

なんて書いてあることもあります。(写真はへび座のM5です。)

まさに星を見るための「修行」を(この難行・苦行の先に天文マニアへの道が開けているのですと)強制しているように思えてなりません。

良く見えない対象をたくさん紹介して、まるでもっと高性能な望遠鏡を買って見て下さいと暗示しているかのようで、望遠鏡メーカーの陰謀なのでは?と勘ぐりたくなるほどです。

まあ冗談はさておき、初心者に双眼鏡を奨めるというのは、たとえが悪いかも知れませんがiPhoneが欲しいという人に、まだアプリの充実していないWindowsPhoneを奨めるようなものだという気がするのです。

初心者だからと安易に双眼鏡を奨めるのではなく、その人が何を望んでいるかを良く確かめてから、上記のような双眼鏡を取り巻く環境を考慮したうえで何を奨めるか考える必要があると思うのです。

次へ ->